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 上田 萬年 うえだかずとし(1866 - 1937)
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経歴
言語学者・国語学者。江戸大久保出身。西欧の言語学研究法を紹介し、国語政策に種々の提言をした。財団法人原田積善会顧問、東洋文庫の創立期リーダーの一人で理事。帝国大学文科大学における近代日本学・国語国文学の開基者。日本古典の研究と海外への紹介でも有名なB.H.チェンバレン氏の高足となり、英語教授嘱託を経て、独、仏に留学後、1894年に博言学教授、1899年に国語国文学科が誕生してからは、国語国文学国史第三講座教授に任じ、1912年、文科大学学長(制度改革後、東京帝国大学文学部長)となった。のち神宮皇学館長。著書に『国語のため』『国学の十講』、松井簡治との共編『大日本国語辞典』等。

資料収集・寄贈
「マックス・ミューラー文庫」の購求、「岩崎文庫」優品の覆刻および「モリソン文庫」の購求とその「仮事務所」における増補拡充において、文科大学学長時代の上田氏は助言を惜しまなかった。同文庫の増補拡充の事業において、「天草本」、「日本耶蘇会報」類の<海外日本関係資料>図書を収集し、また「モリソン文庫」においては収書が必ずしも周悉ではなかった日本関係の書籍、たとえばケンペル、シーボルト、ティーチングなどの<日本学>分野の書、ラフカディオ・ハーンの書、アイヌ、北方・南方言語、樺太関係書が一層充実を見たのは氏の高見によるものである。 1936~7年の間に、ラフカディオ・ハーン氏とB.H.チェンバレン氏の自筆往復書簡、計191通の入手に尽力された。1938年、愛蔵書の中から、和洋書26部、159冊が鶴子令夫人、令嗣寿氏より寄贈された。なかに北延叙『歴検真図』(樺太実測図)93軸、B.H.チェンバレン著のKo-Ji-Ki(古事記の訳本)などが含まれている。

関連リンク

* 東洋文庫関係の人物 創設期・寄贈者編 (五十音順)

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