細菌学の父と顕微鏡

母が玄関に素敵なお花を生けてくれ、見た目も香りもすっかり春らしくなり心弾んでいるかおりんです!!





現在、開催中の「解体新書展」では、日本の細菌学の父と称される北里柴三郎ゆかりの品々を展示しています。
例えば北里愛用の顕微鏡!!
こちらは1890年にドイツで製造されたもので、現在もちゃんと使うことができます!



これを覗いて様々な細菌を発見し、未知の病から人々を救ったと思うと敬服の限りです!
北里の功績の一つにペスト菌の発見がありますね。

ちなみに、北里はペスト菌をどこで発見したかご存知ですか?


あまり知られていませんが、 香港 なんです!


100年程その流行が途絶えていた中国南部で、1894年再び発生し、香港でも猛威をふるい始めます。
香港政庁は約12,000坪を封鎖し、区域内の患者と住人を強制退去させ、家屋や家具を焼き払うなどの処置をとりますが・・・

  

ペストを終息させることができないでいました。


そんな壊滅的な状況の中、日本政府の命を受け、ペストの原因を突き止めるために北里は香港へ赴きます。
到着後、病死した患者を解剖したり、ペスト患者の血液を採取し顕微鏡で丹念に調べたりします。


その結果、ペストという病原菌を発見!!


そして、加熱や消毒液への耐性といった菌の性質を次々に明らかにしていきます。
さらに、ペスト患者の家からネズミの死骸が大量に発見されたことを受け、瀕死状態のネズミを調べてみるとペスト患者と同じペスト菌を発見!!北里は推定される感染経路も突き止めます。


北里から報告を受けた香港政庁は、ネズミの駆除を中心に、家屋や土壌の消毒など公衆衛生対策を実施すると、ペストは急速に終息します。



その5年後、日本国内でペストが発見されます。神戸、大阪、関東に至までペストの感染が広がりましたが、北里自ら指揮をとり、ペストの伝播につながるネズミの駆除を徹底させ終息へ導きます。ちなみに、1926年以降、日本国内で一度もペストが発見されていないそうです。

北里によって解明された研究内容が正確であったことをよく示していますね!



香港のみならず日本、後世に生きる私たちをも救った北里、そして彼の愛用品だった顕微鏡!!
クレパスエフェクト内に鎮座する顕微鏡が一層神々しくみえます。


この他にも北里の手紙や論文など興味深い品々を展示しておりますので、是非この機会に解体新書展に足を運んでみてください。



最後に、
なぜ日本の政府が北里に香港行きを命じたかと言うと、
当時、外国人は香港経由で来日していたため、香港で横行している病が日本に迫りつつある状況に、日本政府は恐怖を覚えたからなんです。

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