日本最古級の漢字に会いに行こう。2

こんにちは、散歩が趣味のMAはるまきです。
今日は先週に引き続き、日本最古級の漢字に関するお話しです。

上野三碑をご存知でしょうか?
「うえの」ではありません。「こうづけ」、つまり古代の群馬県に存在する3つの石碑です。
はるまきは丁度今週末見に行ってきましたので、これら碑に関する情報をお届けします!

上野三碑は、金井沢碑・山上碑・多胡碑で構成されており、全て高崎市内に位置しています。
金井沢碑は、奈良時代の神亀三年(726)に三家氏という一族が関連する人々とともに仏教の教え(知識)によって結びつき、祖先の供養や一族繁栄を願って建てた碑です。
碑の内容からは、古代上野国における氏族や地方行政のあり方、仏教の普及などが読み取れます。

山上碑は、3つの碑の中で最も古く、681年に建てられました。
佐野屯倉(国家の直轄地)を管理した一族出身の長利という僧が母の供養のために建てた碑で、母は隣接する山上古墳に追葬されたと考えられています。
長利は放光寺とう寺の僧であることが碑の内容から分かっていますが、じつはこの放光寺は前橋市で発見されている山王廃寺にあたることが明らかになっています!
(この碑は文字通り山の上にあり、めちゃくちゃ階段を登らされます。ご注意!)

多胡碑は、和銅四年(711)に建郡された多胡郡の建郡碑です。
先の2つが三家氏の私的な造立によるものであるのに対して、こちらは国家の動向に関連して造立されており、このような性格の違いは石材や形態の違いにも現れています。
金井沢碑・山上碑は輝石安山岩という石を使っており、文字を刻んだ以外はほとんど加工を施していません。
一方、多胡碑は牛伏砂岩という石を使っており、四角く整えられ笠石までついています。
ずっしりとしたフォルムで、三碑の中でははるまきイチ押しです。
上野三碑の価値は、なんといっても古代の文字資料という稀少性にある(古代の石碑は日本に18しかありません!)と言えますが、その内容もまた大きな価値を持っています。
それらが認められ、現在ではユネスコ「世界の記憶」や日本遺産に登録されています。
これが可能となったのは、地域の人々が三碑を守り伝えてきた努力によるでしょう。
はるまきが見に行った当日も、ボランティアの方々が解説をしてくれました。

人々の手によって守り、伝えられてきた記憶の結晶。
是非、会いに行ってみませんか。
無料のシャトルバスも出ています!

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