新たなアジア研究に向けて8号
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総合アジア圏域研究 すでに出版したテーマごとの史料以外に、量・種類ともに膨大な「センター」の収蔵品については、特色が鮮明で、比較的系統だったテーマごとの案整理をすでに開始しており、順次開放して、利用可能としている。テーマごとの史料はおおよそ5つに分類される。末端単位と郷村の案、毛沢東時代の各種政治運動に関する案、公安関係資料、内部資料、個人資料である。 民間史料の発掘・整理・運用は、中国現代史研究の人文志向〔人文的なテーマへの関心〕を増大させた。 「中華人民共和国案法」の案についての定義に従えば、民間史料は民間案とも呼べ、「案内」の資料に分類すべきである。しかし一般的な意味での公的な案と大きく異なるのは、民間史料のうち最も量が多いのが社会の底層のパノラマ式の実録であり、ナマの、真に迫った、生き生きとしたものだということである。内容のみならず、表現形式の面でも、公的な案の及ぶところではない。 民間史料の「内外兼ね備えた」特徴は、末端単位の案に最も明確に表れている。これらの「小人物」の運命を握る案の中から、上層の公的な記録の外にある底層社会の政治的状況を読み取ることができる。 個人の所蔵する工作ノート・日記・手紙などの資料は「センター」の民間史料の中でも注目を集めている。こうした貴重な「自家製の歴史」を心をこめて保存してきた案の主には、中国共産党の著名な高級幹部だけでなく、末端の「木っ端役人」も大勢おり、さらに多いのは名もない一般庶民である。 個人に関する貴重な歴史資料は現代中国史の解読に新たな道を提供する。「大から小へ」、ミクロな社会や個人の歴史の「真実」に接近すること、そこには「個性化」と「現場感覚」あるいは「臨場感」が含まれる。マクロな歴史的な巨大な変化を個々人の人生の物語に読み替え、複雑で変化に富む人生模様が「小社会」の中で展開されるさまを通じて、はじめて大きな歴史が、単なる国家の全体史、全体主義・革命・近代化といった中国現代史の解釈枠組にとどまらない、そして日々力が衰えることない、新鮮な価値と意義を現わすものとなるのである。日記と中国近代史研究―『蔣介石日記』を例とした検討呂 芳上(台湾中央研究院兼任研究員・国史館前館長) 中国近代史学界においては、近年個人の日記を出版し、日記を歴史研究の素材として利用する手法が広まりつつある。最も顕著な事例の一つが『蔣介石日記』(1917–1972)の公開と利用であり、間違いなく民国史研究に新たな潮流をもたらした。 『蔣介石日記』を素材とした近代史研究には、いくつか注意すべき点がある。 一、日記は確かに歴史の細部の理解と認識の助けとなる。『陳誠日記』『陳克文日記』を利用することで、第二次大戦期の孔〔祥熙〕一族の行動に議論すべき点がないわけではなかったことが見て取れるが、『蔣日記』を見るとやはり類似した批判がある。国軍の軍紀の乱れについて、その原因の一つは軍人が商業に従事する悪習にあり、これは蔣介石が軍人は商売をしてはならないと繰り返し訓戒した理由である。1948・1949年の国民政府〔ママ〕の危機について論じれば、『胡宗南日記』と『蔣介石日記』の比較を通じて、両者の重慶と成都、西昌の防衛問題に対する主張の落差を見て取ることができる。蔣介石の威厳と個性のため、周囲に直接諫言できる人物は少なかった。楊永泰、張治中、熊式輝はそれができた三人である。主に『熊式輝日記』に依拠した『海桑集』は、蔣には「一つの権限を二人に持たせる」「他人に牽制させる」「越権指揮」という悪癖があったことを指摘しており、これは蔣が1949年前後の内外の相継ぐ非常事態に際し失敗した原因の一つだった可097

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